二年越しの信州亀齢|2023年11月しぼりたて純米生酒を寝かせて見えた味の深み

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冬の入口に届き、夏を越えてきた一本。

信州・上田の小さな蔵元
まだリフォーム前の直売所で購入した一本。
ラベルには、力強い筆文字で「しぼりたて 生酒」。
本来なら、搾られたその冬に飲み干すべき鮮度勝負の酒だ。

しかし、これは特別だった。 製造は2023年11月——開けたのは、それから季節を三度またいだ今。
2025/8/8
冬を越え、春をやり過ごし、夏を背にしたタイミングでようやく封を切った。 寝かせたことで生まれる変化を、この舌で確かめたくてたまらなかった。

冷蔵庫を開け、先日の岐阜旅、蔵元で購入した七笑と共に並んでいた瓶をなんとなく持ち上げた瞬間、瓶の中の液面がわずかに揺れた
「そろそろ、いいだろう?」
——そんな声が聞こえた気がした。

プチプチと、まだ息づく冬の泡。

栓を抜くと、思った以上に元気な音。
注げばグラスの底から細やかな泡が立ち上る。
しぼりたて特有の微発泡は、意外にも健在だった。

ひとくち含めば——プチプチとした炭酸が舌を刺激し、
そこに熟成由来の丸みが奥深く重なる。
若々しさと落ち着きが同居する、不思議な口当たり。

『美味しい………。』

この感覚は、新酒にも古酒にもない“狭間の顔”だ。

甘酸バランスの奥に、ほんのり熟成香。

新酒らしい青りんごや白ぶどうの香りはまだ残っている。
しかし、その奥から控えめに漂うのは、熟れた果実や干し草のような柔らかい香り。 数か年の幾重の静寂が、香りに陰影を与えていた。

味わいの中心は、あくまで甘酸のバランス。
ただし酸は少し穏やかになり、甘みは角が取れ、より丸く舌に馴染む。 まるで冬の朝の澄んだ空気に、春の陽だまりが差し込むようだ。

岡崎酒造と信州亀齢。

寛文5年(1665年)創業、350年以上の歴史を持つ岡崎酒造。
蔵のある長野県上田市は、菅平水系の良質な水に恵まれ、
酒造りに最適な冷涼な気候を持つ土地だ。

「信州亀齢」は、地元でも限られた場所でしか手に入らない人気銘柄。
今回の「しぼりたて純米生酒 蔵元限定」は、加熱も加水もせず、搾ったそのままを瓶詰め。
そのため、鮮度が命とされる。

だからこそ、今回のような長期冷蔵はある意味“禁じ手”。
その禁を破って見えた景色が、このグラスの中にある。

合わせるなら、熟成のニュアンスを受け止める肴。

しぼりたてのフレッシュ感を楽しむときは、冷奴や水菜のサラダが似合う。 だが、この寝かせ版には、秋刀魚の塩焼きやきのこのホイル焼きがよく合う。 熟成由来のやわらかい甘みが、焼き目の香ばしさや旨味と溶け合うからだ。

もうひとつのおすすめは、軽く塩抜きした信州の野沢菜漬け。 発酵同士の相性が良く、噛むたびに酒の甘酸がふくらむ。 料理と酒の呼吸が合う瞬間が、そこにある。

モイの〆酒評|鮮度と熟成のあいだで。

これは、ただの「しぼりたて」じゃない。 瓶の中で静かに時間を重ね、鮮度と熟成の狭間に立つ一本だ。
泡はまだ息づき、香りには落ち着きが宿る。
そのギャップに、心をつかまれた。

720mlで2,000円前後。
同じ酒でも、数か年寝かせればこんなにも表情が変わる。
千葉の酒屋『いまでや』がエイジングにこだわる理由がわかった気がする。
それは偶然か必然か——いずれにせよ、この一本は忘れられない。

本来の飲みごろを過ぎた先に、別の物語が待っている。
それを知ってしまった今、次のしぼりたてもきっと寝かせてしまうだろう。

次回予告|春を超えてきた夏の酒。

信州亀齢の在庫はうちにはまだ【ひとごこち】【美山錦】【山恵錦】【上田戸沢産ひとごこち】がある。
季節を跨ぐことで生まれる旨味と、ゆるやかな酸。
時間が育てる酒の面白さを、次も追いかけてみる。

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